教授ブログ「まなぶろぐ」

琉球大学医学部麻酔科学教室 教授:垣花 学(かきのはな まなぶ)のブログです。

コミュニケーションと他人の靴

2017-07-28

  最近、学会などの出張の機会が多く、革靴をよく履いていますが、よく見るとかなりぼろぼろになっていることに気がつきました。私は日頃デッキシューズなどのカジュアルな靴を履いて出勤しているのですが、さすがにあまり履かないこの革靴でも5年間も使っていればぼろぼろになってしまうんだと気づきました。
  日々靴と接している足の裏は、小さな砂が靴に入っていても気づいてしまうほど敏感なところです。履きなれない靴や誤って他人の靴に足を入れたとき直ぐに気がつくことも理解できます。
  ところで靴は英語ではShoesですが、この単語を使った熟語に“Put myself in his/her shoes”というものがあります。これは、“自分自身を他人の靴の中に入れる”という直訳ですが、正確な意味は“相手の立場にたって”ということです。現実的に、他人の靴を履くことはありませんが、社会(コミュニティー)で生きるために“他人の靴を履く”ことは重要だと思います。
  10年程前に、中学生の女の子の手術が予定されました。その子のご両親は共働きで、術前日にはどうしても20時以降にしか来院できないという状況でした。ご両親が来院しその担当麻酔科医が術前回診をしたとき、恐らくその表情や言葉使い、声のトーンなどがかなり不適切なものだったのでしょう。翌朝、患者入室間近になって病棟看護師長から私に電話があり“ご両親が昨日の麻酔科医の対応に納得できない”ということを伝えられました。私がご両親とお会いしてお話をさせて頂きましたが、かなり不満を抱いている状況でした。お母さんは涙ながらに、「昨日はどうしてもその時間にしか来院できない(できることなら前日からずっと娘に付き添いたかったが)状況であったにも関わらず、それを理解してもらえない麻酔科医に娘を託すことに決心がつかない」とおっしゃりました。これに対して、私からは、ご両親の立場に立てなかった我々の不徳を心から謝罪し、さらに全力で麻酔管理をさせて頂く約束をさせてもらい、ご了解いただいたことがありました。
 患者やその家族は治療をお願いするという“弱い立場”にあり、一方で医師は診療するということで患者からみれば“強い立場”になります。私たちは日頃から“強い立場”にいることを忘れがちになり、そのためこのようなCommunication problemを起こしてしまうことがあります。これも、“相手の立場にたって”いればこのような事態を招くことは避けられたのではないでしょうか? この例以外のコミュニケーションのトラブルも、恐らくこれで多くを回避することができたと思います。
医師・教官である私たちは、職場において常に“強い立場”にいます。無意識に発する言葉、表情、声のトーンあるいは歩き方などを含めた振る舞い、これら全てが“弱い立場”の人に影響を及ぼしてしまいます。“強い立場”の私たちこそ、常に“相手の靴を履いて”行動しなければいけないとこの頃思いました。

 

麻酔”道”

2017-07-02

久しぶりのブログ更新です。ここ最近の話題として、若い方々の活躍に目覚しいものがあります。例えば、男子卓球界の張本選手(13歳)は、世界ランク上位の選手に堂々と戦いを挑み、多くの勝利をおさめています。これまであまり注目されていなかった“卓球”に、光が当たりその競技人口も激増しているようです。また、将棋界の藤井4段(14歳)は、今や時の人になっており、連日メディアに取り上げられています。小学生の頃、将棋にはまった時期があり、将棋のプロを目指す“奨励会”について情報を集めたこともあった(結局、才能がまったくなかったので早々にあきらめました)ので、個人的にも興味をもって眺めています。私も小さい頃将棋道場に時々通い、そこにいる大人たちと将棋を指していた頃がありましたが、藤井君は毎日道場に通い将棋にのめりこんでいったようです。藤井君が通っていた将棋道場には、このような言葉が壁に張られているそうです。「弱者をなめず、強者にひるまず、自分に厳しく」・・・、これは柔道や剣道などの“道(どう)”に共通の心構えであり、将棋“道”にも当然当てはまるものです。
この言葉を見たときに、琉球大学医学部麻酔科の初代教授 奥田佳朗先生が当時の朝のカンファレンスで私たちに話した内容を思い出しました。「ほかの人の麻酔を観て、“こいつの麻酔はうまい”と思ったら、実力はかなり離れていると思いなさい。“俺はこいつと同じくらい”と思ったら、相手のほうが格段にうまいと思いなさい。“こいつは俺より少し下手だ”と思ったら、相手と同程度と思いなさい。」という内容でした。これは、「弱者をなめず、自分に厳しく」に相当する、まさに麻酔“道”だと認識しました。
では、麻酔“道”のなかで「強者にひるまず」は、何に相当するのでしょうか?これは私個人の考えですが、この「強者」とは麻酔管理困難症例に相当すると思います。いろいろな合併症を持って、しかもその合併症が十分にコントロールされていないような症例です。このような症例があたると、いろいろ考えなければいけないし、準備(教科書や文献を読む、機器の準備など)も多くなります。麻酔導入も恐る恐るしなければならないかもしれません。維持も油断できず気を張って麻酔管理をしなければなりません。しかし、自分の実力を信じ、理論に基づいた計画と周到な準備で立ち向かうこと、つまり「強者にひるまず」です。つまり、藤井4段が育った将棋道場に張られている「弱者をなめず、強者にひるまず、自分に厳しく」は麻酔“道”に通ずるものであり、プロの麻酔科医として持たなければならない意識だと思います。
これまでは、「最近の若者は・・・・」というフレーズはNegativeなイメージでしたが、昨今は「最近の若者は大したものだ」というPositiveな意味合いになってきました。彼らの活躍で、久しぶりに奥田先生の教えを思い出しました。
 

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