最終更新日:2019年11月29日
抄読会
Triple-low Alerts Do Not Reduce Mortality
Sessler DI et al. Anesthesiology 2019; 130: 72-82
【はじめに】
Triple-lowとはSesslerらが2012年に提唱した概念である。非心臓手術の平均動脈血圧(MAP)、BIS値、呼気麻酔薬濃度(MAC比)と術後30日死亡率の関係を調べた後ろ向き研究で、手術中のMAP、BIS値、MAC比の平均値が全体の平均から±1SDを下回る<MAP 75mmHg、<BIS 45、<MAC比0.8だった群の死亡率が約4倍に上昇することを報告した。この概念に対する支持、もしくは否定する論文も発表されたが後方的研究では支持する論文の方が多い。Sesslerらは本研究で麻酔管理を変更しTriple-lowの状態を改善させると術後死亡率の改善を認めるか?という疑問の前向き研究を行った。
低MAC比(浅麻酔)は高BISと高血圧を引き起こす。低BISと低血圧は逆の反応であり、病気で脆弱となり麻酔薬に敏感と説明できる。軽度低血圧はほとんどの場合無害であるが一部の患者は軽度の低血圧でも脳低潅流をきたす可能性があり、低いMAC比(浅麻酔)で低BIS値は脳低潅流を示唆している。Triple-lowは20%の患者で発生することが明らかとなっており、リアルタイムにTriple-lowを警告すると90日死亡率を低下させるというという仮説を立て検証した。患者を警告群と非警告群にランダム化し、警告群は意思決定サポートシステム(コンピュータシステム)でリアルタイムにTriple-lowの発生を知らせ早期介入できるようにした。評価項目は90日死亡率、30日死亡率、1年死亡率、入院期間、警告に反応した割合、Triple-low 状態を解除した割合である。
【対象と方法】
2010年7月-2016年10月、クリーブランドクリニックにて揮発性麻酔薬で麻酔した非心臓手術で導入30分以内にBIS連続モニタリングした患者を対象とした(臨床試験名:NCT00998894)。麻酔はTriple-lowに関する知識が十分な麻酔科医、研修医、認定看護師が担当し、揮発性麻酔薬の種類、硬膜外麻酔や神経ブロック併用の制限はない。
Triple-lowとは<MAP 75mmHg、<BIS 45、<MAC比0.8と定義し患者ごとにコンピューターで警告群:非警告群を1:1に無作為化した。非警告群:Triple-low発生しても警告なし、警告群:Triple-low発生時は電子カルテ上に「Triple-low 検出、血行動態サポートを検討」という警告が点滅し、Triple-low発生から10分間修正なければ警告が再点滅。有益な反応はTriple-low発生から5分以内に昇圧剤を投与するか、15分以内に終末呼気揮発性麻酔薬を20%減少させることと定義し、昇圧方法は昇圧剤の投与、吸入麻酔薬の調節、輸液負荷、トレンデンベルク体位のいずれも可能とした。また警告に基づき行動する、警告無視する、経過観察するかは担当者が決定するとした。
測定項目はランダム化、麻酔記録、Triple-low発生時の詳細記録、警告の提供、担当者の反応、MAPの反応、院内死亡率をクリーブランドクリニックの電子カルテ情報もしくは米国疾病対策センターの全国死亡指数情報を基にKaplan-Meier法でログランク検定を行い90日死亡率を比較した。また性別、年齢(60歳以上対60歳以下)、ASA-PS、手術時間と死亡率の関係も比較検討した。副次評価項目としてCox比例ハザード回帰を使用して30日および1年間の死亡率と入院期間、Triple-lowに対する有益な反応と30日、90日死亡率との関係性を評価した。
サンプルサイズはTriple-low 発生患者の調整90日死亡率は2.97%。Triple-low 発生患者で有益な反応をした患者の調整90日死亡率は1.8%と予測されたため、警告群でTriple-low に対する80%の有益な反応、非警告群で20%、有益な反応の80%は効果的であると予測された。前述から警告群の調整90日死亡率は2.1%で非警告群で2.9%、検定力0.8とすると、必要症例数は14443と計算された。また中間解析を行い研究に対する再評価を行なったが、公表しなかった。
【結果】
36670例中21%の7569例に1回以上のTriple-lowを認め無作為化され3764例が警告群に、3805例が非警告群であった(Figure 1)。
薬物乱用と手術の種類を除いて両群間に差は認めなかった上記2つも臨床的差は少なく両群間の調整は必要なかった(Table 1)。Triple-low 警告の96%以上が正確であった。11%は技術的理由で警告表示までに2分以上かかった。警告群と非警告群で最初のTriple-low 発生までのMAP、BIS、MAC比に有意差はなかった。
Triple-low発生患者で警告群と非警告群で30日、90日、1年の生存率、入院期間有意差は認めなかった。90日後の死亡率は年齢、性別、ASA-PS、手術時間のいずれも有意差は認めなかった(Table 2-4、Figure 2-4) 。
Triple-lowに対する有益な反応(Triple-low発生から5分以内に昇圧剤を投与または15分以内に終末呼気揮発性麻酔薬を20%減少)は警告群51%、非警告群47%と有意差認めた。
有益な反応5分、15分後のMAPの変化、5分、15分以内の最大MAPの変化に有意差は認めず、30日、90日死亡率に有意差は認めなかった(Table 3) 。
【考察】
結果として主要な結果はすべて否定的であった。つまり術中のTriple-lowの状態を改善させても術後死亡率は変わらない。主要な結果が否定的であった原因としてTriple-lowに対する有益な反応は警告群51%であったが警告群の半数はTriple-lowに対する反応がなく予想に反して低かった。Triple-lowに対する反応は昇圧、警告無視、経過観察と自由度が高かったこと、Triple-lowに対する有益な反応群のMAPの変化に有意差は認めなかったことが挙げられる。自由度の高い研究デザインと昇圧法の多様性は本研究で否定的な結果の因子の可能性がある。
【本論文読了後の私見】
本研究はTriple-lowを提唱したSesslerがデザインした前向き研究で麻酔管理を変更しTriple-lowの状態を改善させると術後死亡率の改善を認めるか?という疑問に対する答えとなりうるとして以前から注目されていた。結果的には術中のTriple-lowの状態を改善しても予後不変であるためTriple-lowの臨床的意義は下がったといえる。しかし本研究のデザインを考慮するとTriple-lowは予後不良因子である可能性は依然として高いと考えられる。Triple-lowに対しては臓器保護のためベースの血圧を高くすることや、原疾患に対する治療強化などが現実的であろうと考えられる。